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広島高等裁判所松江支部 昭和29年(う)97号 判決 1954年11月13日

主文

本件控訴を棄却する。

理由

第二点について。原判決が検察官に対する土井春江、大畠タヨ子、三上トミヨ、尾崎茂子及び井上計子の各供述調書を証拠として採用したこと、しかして右各調書が刑事訴訟法第三二一条第一項第二号による証拠として採用されたことは原判決並に本件記録を通じて明かである。弁護人は右刑事訴訟法第三二一条第一項第一号の規定は憲法第三七条第二項に違反すると主張するけれども当裁判所はこれを採用しない(理由は札幌高裁昭和二五年(う)第二七五号、同年七月一〇日判決参照)。弁護人は更に、右各調書を証拠として採用するに際し前示各供述について反対尋問の機会を与えられなかつたから違法であると主張するが、そもそも刑事訴訟法第三二一条第一項第二号の規定は同条項所定の要件に該当する限り必ずしも反対尋問に機会を与えなくても検察官調書を証拠として採用し得る旨を定めたものである。この理は供述者が死亡、精神若しくは身体の故障、所在不明若しくは国外にいるため公判期日において供述することができないときを考えてみれば明瞭である。尤も、本件においては検察官が前示証人土井春江外四名の換問を申請しこれらの証人が法廷において取調べられたけれども、何れもあいまいな供述であつたため、検察官は同証人らが公判期日において前の供述と相反し又は実質的に異つた供述をしたものとして前示検察官調書の取調を請求し、弁護人は右調書は、同証人らにつき反対尋問の機会が与えられておらないからとの理由でその調書に反対し、更に、反対尋問の機会を得るため必要なりとして右各証人の再換問を請求したが、原審はこれを却下し、前示検察官取調を証拠として採用したものであることを本件記録によつて窺知し得る。かような場合弁護人において右各証人につき本件犯罪事実の存否について尋問しようと思えば前示証人が裁判所に喚問されたとき検察官の尋問に対応して納得のいくまで尋問ができたはずである。同証人らは充分弁護人の反対尋問の場に立たされたはずである。弁護人は、更に、同証人らを再喚問して弁護人の尋問にさらした上でなければ判示検察官調書を証拠として採用し得ないと主張する。勿論、同証人らを再喚問し弁護人の尋問にさらすことは弁護人の側に立てば十全の措置ではあろうけれども、一面訴訟が迅速に行われることも刑事訴訟の一要請であつて(刑事訴訟法第一条)、刑事訴訟法第三二一条第一項第二号本文後段の規定は前示証人らを再尋問した上でなければ前示検察官調書を証拠として採用し得ないと解すべきではない。弁護人の論旨にはとうてい賛同し難い。

(裁判長裁判官 平井林 裁判官 藤間忠顕 組原政男)

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